夏休みを終え、秋を迎え、受験生はだんだんと点数を気にする時期になってきました。
そんな中で良く見かけるのが、
先生:「なぜこの間違いをしたの?」
生徒:「問題をよく読んでいませんでした」
思い当たりますよね。実際、残念ながら私も生徒たちと会話をしていてそこそこの頻度で発生します。もちろん『何故』よく読んでいないのか…は人それぞれなので、こうすれば改善する!という特効薬はありません。従って「ちゃんと読みなさい」などという表面上の声かけにはほとんど意味はありません。
ところで、上記の「問題を読んでいない」は、教科によらず発生する事案ですが、大きく次の2パターンに分類することができると思います。
①問題文の条件を読み落としている場合。
②設問の指示を読み落としている場合。
どちらも点数を失うという意味では同じことであり、受験生は最大限の注意を払って回避すべき事案ですが、①は②よりも根深いことは認識しておくべきです。なぜなら、②は算数的な視点で考えた際に「問題は解けているが最終的に得点を失うケース」です。「もったいなさ」という点ではとても大きく、つい糾弾しがちです。ですが、算数の学力的な視点で考えた際には目的はクリアされているとも考えられます(そうでない場合もあるので我々プロは状況判断を正しく行い個々人に対応をしていく必要があります)。
一方で①の場合、本来なら答えまでたどり着くことができないはずです。すなわち解答欄は空欄になります。それが、誤答している(=自分なりの回答にたどり着いている)ということは、どこかで自己都合の解釈が行われていることを意味します。平たく言えば『デタラメ』を行っているということです。これは「もったいない」とは全くの別次元の原因があります。
私の担当している算数という教科は「積み上げ教科」という特性を持っており、各単元の知識よりも、抜本的な問題の考え方、すなわち整理・判断・処理・検証力が大きく影響します。これらの力の成長が結果的な得点という数値に反映されるのであって、数値欲しさに小手先の対応をすることはテクニックでも何でも無く全力で否定すべきことです。
算数ですから数値は毎回異なりますが、基本的な問題の構造は不変です。設問に振り回されず、問題文を読み、過去の経験に照らし合わせた上で、自分としてすべきことを確実に行えるようになることが算数の実力をつける…ということにつながると考えます。
因みに、国語の長文読解をする際も、「設問を読んでから本文を読むべき」という主張と、「本文を理解してから設問を読むべき」という主張の一見相反する主張がありますが、テストにおいて最短時間で効率良く問題を解ききることを優先した場合、先に設問を読むという工夫はしても良いかとは思います。一方で学力を身に付けるという視点に立てば、まず身に付けるべきは本文に書かれていることを正しく理解する、ことですので自ずと方針も決まるはずです。
不安な気持ちは結論を急がせ、誤った行動につながります。結果が欲しい気持ちをぐっとこらえて、やるべき努力をひとつずつていねいにこなしいくことを忘れずに日々を過ごしましょう。