東京は暑い夏から残暑になり、そのまま冬に突入することが多いので、よく「秋がない」と言われていますが、今年は夏の暑さが過ぎて秋らしい日が続いていますね。2027年2月1日まであと100日を切りました。受験生のみなさんは本番に向けて追い込みをかけていく時期となりました。
さて、本年の開成中の大問1では、温度計のつくり方に関する問題が出題されました。前半は温度計のつくりを考察する問題、後半は熱の移動を考察する問題です。
では今回は温度計の歴史を遡ってみましょう。
遥か昔は、「暑いか、寒いか」という感覚だけでしたが、物理的な現象を利用してそれらを数値的に示すことができるようになっていったのは16世紀のことです。
1590年代にガリレオ・ガリレイが細いガラス管の一端に球をつけた装置を作り、球部を温めたり冷やしたりすると館内の液面が上下する検温器を考案しました。
1612年にサントーリオが、このガリレオの器具に初めて目盛りを刻み、ヒトの口に入れて体温を測る、ということを世界で初めて行いました。
ただしこれらの温度計は管が開いており、大気圧の変動でも液面が動いてしまうという弱点がありました。
ここから、管を密閉する温度計が考察されるようになります。
1654年フェルディナンド2世が管の上端を完全に密封した、密閉型液体温度計を開発しました。現在の温度計のように着色したアルコールが使用され、大気圧の影響を受けずに温度のみを測定できるようになりました。
1657年にフィレンツェの科学アカデミーで標準化された温度計が量産されヨーロッパに普及しましたが、各職人や地域で目盛りの基準がばらばらであり、汎用性や互換性がありませんでした。
18世紀に入ると、誰が作ってもどこで使っても同じ値を示す、普遍的な基準が導入されます。以下の温度計を開発した人たちは、中学受験で「温度」の基準を決めたことでよく見かける3人です。
1724年、ドイツのファーレンハイトが、高精度な水銀温度計を開発しました。いわゆる華氏(°F)を考案した物理学者で、水と氷の混合物を32度、水の沸点が212度として華氏を確立しました。
1742年、セルシウスが標準大気圧下での水の凝固点を0度、水の沸点を100度とする摂氏(°C)を考案し、彼の死後にリンネらの手により摂氏目盛りが定着しました。
1848年、ケルビンが分子の運動が完全に停止する絶対零度(約マイナス273℃)を起点とする絶対温度(K:ケルビン)を提唱しました。
その後、工業や医療の発展に伴い、液体の熱膨張に頼らない検知方式が生まれました。コロナ禍で見かける機会が多く増えましたが、赤外線温度計やサーモグラフィなどがこれらにあたります。
温度計の歴史は、「暑い、寒い」を物理的な現象を利用して客観的な数値へと置き換えていった科学の歩みの証しと言えるでしょう。
自分のための受験に向かって一歩一歩歩んでいる受験生のみなさん、あと100日、納得がいくまで努力を続けて下さい。
頑張れ!受験生!